岐阜県海津市南濃町.
    
円満寺山古墳(えんまんじやま
)
 円満寺山古墳・前方後円墳で石室に河原石で築かれた古墳。副葬されている遺物から、4世紀中期から後半期に造られたと推測される古墳円満寺霊園の一番上壇の奥に、古墳に続く細い道があります。標高96mに位置し、河原石積みの竪穴式石室になっている・・・と紹介されていましたが、行ってビックリ、殆ど破壊し尽されて、無惨な姿をさらけ出していました。岐阜県で一番古い古墳と言われていますが、その根拠はこの古墳から出土した三角縁天王日月二神二獣鏡や副葬品や墳形から古墳時代前期様式の条件に合う・・・と言うことからだそうです。

円満寺霊園の一番上、向かって左の所から、かぼそい「円満寺山古墳」へ行く山道があります。
梅雨時・夏の雨上がりには「山蛭 
やまびる」に地面の下から、木の上から襲われますのでご注意。



円満寺山古墳以外にも、下記の南濃町教育委員会が造られた労苦の傑作「岐阜県海津郡南濃町」
「遺跡分布調査報告書=別冊 1995年製」が在ります。
赤●印はすべて古墳か遺跡です。
濃尾平野を見下ろす絶好の場所ですから、縄文時代から「庭田貝塚」や「羽沢貝塚」などの遺跡が
あり、当然古墳時代になっても大王がこの地に古墳を築造することは、当然のことと思いました。




円満寺霊園の一番上、向かって左の所から、かぼそい「円満寺山古墳」へ行く山道






なんだこれは・・・の世界です。給水塔のようなモノが遠慮無く無粋に古墳を占拠していて羨道の
真正面から、玄室を撮影するのにも大変ですが、天上石はなく、破壊しつくされております。







前方後円墳らしいのですが荒れ果てているため、前方部の境目が解りませんでした。


「岐阜県海津郡南濃町」「遺跡分布調査報告書=別冊 1995年製より


養老町・円満寺山古墳(えんまんじやま)
         おしまい